大阪地方裁判所 平成8年(ワ)4687号 判決 1997年11月27日
原告
中野清三
被告
鈴木由美子
主文
一 被告は、原告に対し、四四〇三万六一二三円及びこれに対する平成五年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一億一二六四万八六三六円及びこれに対する平成五年一一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、道路を横断中被告の運転する自動車に衝突され負傷したとして、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害のうちの一部について賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実等
以下のうち、1、2、5は当事者間に争いがなく、3は甲第二ないし第四号証により、4は甲第四号証及び弁論の全趣旨により認めることができる。
1 被告は、平成五年一一月二九日午後六時ころ、普通乗用自動車(三重五二み七七六四、以下「被告車両」という。)を運転して三重県名張市蔵持町原出一三〇九番地先道路(以下「本件道路」という。)を南東から北西へ向けて進行するにあたり、同所を東から西へ向けて歩行横断中であった原告に被告車両を衝突させ、原告に左頬部打撲擦過傷、頸髄損傷の傷害を負わせた(以下「本件事故」という。)。
2 被告は、本件事故当時、被告車両を所有して自己のために運行の用に供していた。
3 原告は、本件事放により、平成五年一一月二九日から同月三〇日まで医療法人上久保病院(以下「上久保病院」という。)に入院し、同日から平成七年五月一日まで特定医療法人岡波総合病院(以下「岡波病院」という。)に入院し、また、同月二日から同年一〇月一〇日まで岡波病院に通院(実日数二〇日)して治療を受け、同日症状固定の診断を受けた。
4 原告は、自動車保険料率算定会調査事務所により、自賠法施行令二条別表障害別等級表二級三号の後遺障害が存するとの認定を受けた。
5 原告は、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から二五二一万円、被告から一九〇万円の支払を受け、損害のてん補に充てた。
二 争点
1 原告の損害
2 過失相殺
第三争点に対する判断
一 争点1(原告の損害)について
1 治療費 一万二五七〇円(請求どおり)
甲第二一号証の一ないし五によれば、原告は、岡波病院における治療費として一万二五七〇円を負担したことが認められる。
2 入院雑費 六二万二八〇〇円(請求七二万六六〇〇円)
甲第一六号証及び弁論の全趣旨によれば、上久保病院及び岡波病院に入院中であった五一九日間に日々雑費を支出したことが認められるところ、一日当たり一二〇〇円の限度で本件事故と相当因果関係があると認められるから、その合計は六二万二八〇〇円となる。
3 通院交通費 二〇万円(請求どおり)
甲第一八号証の一ないし六及び弁論の全趣旨によれば、原告は、岡波病院への通院に際しタクシーを使用し、片道一回当たり平均五〇〇〇円を下らない費用を支出したものと認められるところ、その合計は二〇万円となる。
4 付添看護費 一七七万二〇〇〇円(請求八三七万六三〇〇円)
甲第一三号証の一ないし四、第一六号証によれば、原告の妻である中野淳子(以下「淳子」という。)は、原告が上久保病院に入院していた平成五年一一月二九日から同月三〇日まで及び岡波病院に入院していた同日から平成七年五月一日までは、ほとんど毎日原告に付き添って、原告の訴えに応じて原告の腕や足を揉み、背中や胸をさすり、また、排尿、排便の世話をするなどし、自ら付き添えない日は原告の子や姉妹に付き添ってもらい、都合のつかなかった合計五日間は職業付添婦を依頼したほか、原告が岡波病院を退院してから症状が固定するまでの平成七年五月二日から同年一〇月一〇日までは自宅で原告の介護にあたったことが認められる。
ところで、甲第一六号証及び弁論の全趣旨によれば、岡波病院は完全介護の建前であるが、淳子らが泊まり込んで世話をするのを黙認しており、淳子が看護婦から原告の排泄の仕方を教えてもらって行うようになった後は、これを淳子に任せていたことが認められ、右のような事情のもとで淳子らの付添看護を金銭に換算すれば、原告が上久保病院に入院中であった二日間及び岡波病院退院後症状固定までの一六二日間については一日当たり四五〇〇円、岡波病院入院中であった五一七日間(初日は上久保病院分と重複するので除外する。)については一日当たり二〇〇〇円とするのが相当であるから、その合計は一七七万二〇〇〇円となる。
計算式 2×4,500+517×2,000+162×4,500=1,772,000
5 文書費用 三万五八七〇円(請求どおり)
甲第二〇号証の一ないし一三によれば、原告は、本件事故により文書費用として合計三万五八七〇円を負担したものと認められる。
6 家屋改造費用 七二二万円(請求一〇〇〇万円)
甲第一〇、第一一号証、第一六、第一七号証、検甲第一号証の一ないし七、第二号証の一ないし一三によれば、原告は、原告の自宅は廊下が狭いうえ各部屋に敷居の段差があるため車椅子の使用が困難であり、また、岡波病院の医師から筋肉の硬化及び筋力低下を招くことのないよう自宅においてもリハビリを継続するよう指示されたことから、自宅にリハビリ室を増築し、その際、リハビリ室は介護者にあたる淳子の寝るスペースも確保し、車椅子用のスロープを設けるとともに、浴室及び便所も障害者用のものに改造し、その際の見積もりはリハビリ室増築費用が八四三万八六八〇円、浴室及び便所の改造費用が九八九万四一一〇円であったことが認められる。
しかし、甲第一二号証、乙第一号証、第三号証によれば、原告の自宅にはもともと一階部分に六畳の和室が四室があったことが認められるから、これらを改造することにより原告の前記目的を達成することは可能であり、右改造は一〇七万二〇〇八円程度で行いえたものと認められる。また、甲第一一号証、乙第二、第三号証によれば、前記浴室及び便所の改造費用の見積もりは、瓦、タイル等を高級品による単価で計算しており、また、必要とした数量も不明であり、部材を普通品の単価により計算し、かつ、必要と認められる範囲で改造した場合、その費用は六一五万〇七七八円程度となることが認められる。これらを合計すると七二二万二七八六円程度となるので、原告主張の家屋改造費用のうち七二二万円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
7 休業損害 五二五万七五三四円(請求六七八万一〇九八円)
甲第五号証、第七号証の三、第一七号証、第二二、第二三号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和八年二月一九日生まれの男性で、本件事故当時六一歳であり、平成五年二月末にそれまで二二年間勤務した株式会社トーエネックを六〇歳で定年退職して本件事故当時は無職であったこと、同社は電気工事を扱う会社であり、原告は、同社の退職前三年間は同社が中部電力株式会社から委託された送配電設備工事の実施に当たり、上司の指示のもとに工事所要の現場に臨み、配電線設備の新設、増設、改修等の工事施工の直接作業に従事していたこと、原告は、本件事故当時、畑中芳次との間で、同人が経営する畑中建設に平成六年三月一日から月額二〇万円で勤務することを約しており、三か月の見習い後は正式採用とし、給与月二五万円、賞与は年二回三か月分で七五万円として、年間三七五万円の収入が得られる見込みであったことが認められる。
そうすると、原告は、本件事故に遭わなければ、平成六年三月一日から畑中建設に勤務し、少なくとも、同年三月から同年五月までは毎月二〇万円、同年六月から同年一二月までは毎月二五万円の給与の支払を受けることができたと認められ(賞与については、平成六年にはどのような条件でどの程度支払われる見込みであったのか不明であるから、平成六年の休業損害の算定に当たっては考慮しないこととする。)、これらの合計は二三五万円となる。また、平成七年には、年収を三七五万円として、同年一月一日から同年一〇月一〇日までの二八三日分の休業損害は、次のとおり二九〇万七五三四円となる(円未満切捨て、以下同じ。)。
計算式 3,750,000÷365×283=2,907,534
以上の合計は、五二五万七五三四円となる。
8 逸失利益 二六二二万三七五〇円(請求二七七九万九〇四八円)
原告は、本件事故に遭わなければ少なくとも七一歳までは就労することができたものと認められるところ、前記後遺障害により症状固定時から七一歳までの九年間にわたり労働能力の全部を喪失したものと認められるから、前記収入を基礎に右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、原告の逸失利益の本件事故時における現価は、次のとおり二六二二万三七五〇円となる。
計算式 3,750,000×(7.945-0.952)=26,223,750
9 将来の介護費用 一九一三万六七六七円(請求四七八七万五五九〇円)
甲第二号証、第四号証、第一四号証、第一六号証によれば、原告は、前記後遺障害により、肩ないし両手首までが常に痛み、両下肢特に膝から下に痛みがあり、坐位、起立位の保持は困難で、排泄の後始末、食事、衣服の脱着、洗顔、階段の昇降、屋外の移動等は一人ではできない状態であり、そのため、淳子が常時介護をせざるをえない状況にあることが認められる。そして、原告は、症状固定時六二歳であるところ、厚生省大臣官房統計情報部編・平成六年簡易生命表によれば、六二歳男子の平均余命は一八・八九歳であるから、原告は症状固定後少なくとも一八年間は生存し、その間右のような介護が必要であると認められ、右を金銭に換算すれば一日当たり四五〇〇円とするのが相当であるから、年間では一六四万二五〇〇円となり、右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、その本件事故時における現価は、次のとおり一九一三万六七六七円となる。
計算式 4,500×365×(12.603-0.952)=19,136,767
10 紙おむつ代 一三八万四〇八五円(請求一四八万五五六五円)
甲第一九号証の一ないし六三及び弁論の全趣旨によれば、原告は、岡波病院入院中の平成六年一月から平成七年四月までの間に紙おむつ代として合計一四万二一三六円を支出したことが認められる。
また、右期間に要した紙おむつ代は一か月平均八八八三円であるところ、原告は、前記のとおり排尿、排便障害があり、平成七年五月一日に岡波病院を退院した当時は六二歳であったから、少なくとも一八年間は生存しその間に一か月当たり八八八三円の紙おむつ代の支出を要するものと認められる。そこで、右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、その本件事故時における現価は、次のとおり一二四万一九四九円となる。
計算式 8,883×12×(12.603-0.952)=1,241,949
以上の合計は、一三八万四〇八五円となる。
11 慰謝料 二三〇〇万円(請求二八〇〇万円(入通院分四〇〇万円、後遺障害分二四〇〇万円))
本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰藉するためには、二三〇〇万円の慰謝料をもってするのが相当である。
二 争点2(過失相殺)について
1 甲第七号証の二、三、六、七、九、検乙第一、第二号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 本件道路は、南東から北西へ通ずる片側各一車線の道路で、最高速度は時速四〇キロメートルと指定され、本件事故現場付近で東から西へ通ずる道路(以下「交差道路」という。)と交差している(以下、右交差点を「本件交差点」という。)。本件交差点の東側及び北西側には横断歩道が設置されているが、本件交差点は信号機による交通整理は行われておらず、交差道路の本件交差点手前には一時停止の規制がされている。本件交差点付近は照明がなく、本件事故当時暗かった(本件事故現場付近の状況は、別紙図面のとおりである。)。
(二) 被告は、本件事故当時、時速四五キロメートルで前照灯を下向きにして被告車両を運転し、本件道路を南東から北西へ向けて進行していたが、本件道路は慣れた道であり歩行者はないものと軽信し、早く帰宅することを考えながら前方不注視のまま漫然時速約四五キロメートルで進行したため、進路前方約一四・一メートルの地点に一輪車を押して東から西へ横断している原告を発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、被告車両左前部を原告に衝突させた。
(三) 原告は、本件事故当時、本件道路の西側にある自宅から、本件道路を横断して本件道路東側にある集積所に一輪車に乗せてゴミを捨てに行き、自宅に帰るため再び本件道路を横断しようとして左右を確認したが、進行してくる車両はないように思い、交差道路の中央付近を一輪車を押して東から西へ歩行を開始し、本件交差点の中央付近の本件道路の北西行車線内を歩行中に本件事故に遭った。
2 右によると、本件事故は、被告の前方不注視の過失によって発生したものであるが、原告にも、本件交差点は信号機による交通整理が行われていないうえ、本件道路は優先道路であったから、横断歩道上に歩行者がなければ本件道路を走行する車両が相当程度の速度で進行してくることが当然予想され、しかも、一輪車を押していたのであるから一輪車にある程度の注意が払われ、また、単なる歩行の場合よりは危険を回避しにくい状況であったのに、本件道路の車両の有無を十分確認することなく、本件交差点の北西側に設置された横断歩道からやや離れた本件交差点内を一輪車を押しながら歩行した過失があるというべきであり、本件事故の発生には原告にも二割の過失があるとするのが相当である。
三 結論
前記一による原告の損害は八四八六万五三七六円となるところ、乙第四ないし第一三号証及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告の治療費として上久保病院に対し一五万八八八〇円を、岡波病院に対し三五七万二〇〇八円を支払っていることが認められるから、これらを原告の損害として右に加算すると、原告の損害は八八五九万六二六四円となり、これより過失相殺として二割を控除すると七〇八七万七〇一一円となる。
ところで、原告が被告及び自賠責保険から二五二一万円、被告から一九〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、右過失相殺後の損害額からこれらを控除し、更に、被告が上久保病院に支払った一五万八八八〇円及び岡波病院に支払った三五七万二〇〇八円を控除すると、残額は四〇〇三万六一二三円となる。
本件の性格及び認容額に照らすと、弁護士費用は四〇〇万円とするのが相当であるから、結局、原告は、被告に対して、四四〇三万六一二三円及びこれに対する本件事故の日である平成五年一一月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 濱口浩)
別紙図面